2011年9月23日金曜日

西川潤先生講演会‏

龍谷大学社会科学研究所、国際開発学会島嶼部会共催研究会 
 
早稲田大学名誉教授
西川潤氏 講演会
 
近著『グローバル化を超えて 脱成長期日本の選択』(日本経済新聞社)踏まえて講義
および講演頂きます。ぜひ、皆様も本書をお読みいただいたうえでご参加願います。
 
グローバル化が進む一方で、開発主義・成長神話の見直しが始まっている。そのような
状況の中で、人間本位の豊かさを実感できる経済社会をどう構築すればいいのかが問わ
れている。内発的発展論の今日における課題は何なのか、西川先生に最新の研究に基づ
いてご報告願います。
 
講演
 
日時
 2011年10月8日(土) 13:00~17:00
場所
 龍谷大学ともいき荘 第四研修室
演題
 「内発的発展論の今日的課題」
コメンテーター
 大林稔(龍谷大学経済学部教授)
 
懇親会
 当日は懇親会も予定しており、先生にもご参加いただきます。

2011年9月20日火曜日

龍谷大学社会科学研究所、国際開発学会島嶼部会共催の研究会のお知らせ

 松島 泰勝 教授 Facebook より


2011年9月25日 研究会  13:00~
龍谷大学社会科学研究所、国際開発学会島嶼部会共催

講演
池田佳代氏 広島大学准教授
講演テーマ
「アメリカ・オバマ政権の日米同盟強化に向けた戦略」
―グアム統合軍事開発計画をめぐるワン・グアム政策に関する考察を中心に―
冷戦後、衡平や普遍などの言葉で語られるようになってきたアメリカのリベラリズムの 変質が、日米同盟の負担を押し付けられている人々にどのような影響を与えているか、報告いたします。

辻修次氏 龍谷大学社会科学研究所客員研究員
講演テーマ
「コミュニティー型保全のパラドクス」
―パラオ共和国におけるミクロネシアチャレンジの事例を中心にー
環境保全、地域の自立、NGOの関与、参加型の合意形成などは、かつて内発的発展論などオルタナティブな開発論のキーワードとされてきた。これらのキーワードは、1990年代の新興工業国などの文脈では、オルタナティブを実現するための一揃えのアプローチであるように目されていた。しかし、異なる文脈にある事例を観察すれば、これらのキーワードのいずれかを旗印にしたプロジェクトについて、果たしてそのようなことがいえるのか、報告いたします。

コメンテーター
松島泰勝氏 龍谷大学経済学部教授

場所
龍谷大学深草学舎6号館304号松島研究室にて行います。
当日は、深草学舎、守衛室横の入口より、お入りください。

懇親会
研究会終了後、懇親会を行います。

2011年9月16日金曜日

経済破綻

最近、ギリシャを中心にEU経済、世界経済の話題が新聞やメディアをにぎやかにしている。

主なキーワード
 ・世界景気低迷
 ・南部ヨーロッパを中心としたデフォルト(債務不履行)の可能性
 ・金融市場と政府
 ・欧州内における南北問題(最悪EU崩壊)


結論から言うと、一度破綻するのもありだと私はおもう。

理由は簡単だ。お金が人を支配し、急速な成長のみを求める社会になってしまったからだ。本来お金は人が支配してきた。まずはその状態に戻す必要があると思う。誰にもわからなくなってしまった莫大なお金、それに踊らされている人一度目をさましてほしい。


仮に経済破綻するとしたら多くの人が困ると思う。職もなくなり、最悪戦争がおこるかもしれない。しかし、学者も政府も金融街の人間も処方箋をうてていない。打つ手がないなら一度失敗すればいいのではないか。もし処方箋がうてるのならなぜうたない?

いざ経済が破綻したらまさに戦後の日本のように金ではなく食料や水といった生きていくのに必要な物が価値を高めることになるだろう。

また、経済が破綻したら金融街の人間が手にしている貨幣も無意味になる。とはいえ物事はそう簡単にはいかないだろう、そういう資本家や金融街の人間は紙くずになる前に、土地を購入するかもしれない。


もちろん危険な賭けだと言うことはわかってはいるが、現状を正すには今過ちに気づいていない人たちを正気にすることだと思う。

まったくまとまらないまま記述したが、経済破綻に陥ってはだめなのだろうか。









2011年9月15日木曜日

ゼミ生の卒業

同じゼミに所属する相澤さんが今夏卒業する。

歳も一回り違い、現場経験のある相澤さんから学んだことは多かった。現場にいなければわからないこと、ものの見方切り口に関しても「あっ」と思わせる発言が多く、自分が未熟だということを何度も痛感させられた。


簡単な経歴をメモしておきたい。
専門分野は水産系で、水産系大学を卒業後、青年海外協力隊にてアフリカへ派遣。
派遣終了後ODA関係の仕事に従事、昨年英マンチェスター大学と龍谷大学に合格。
龍谷大学大林ゼミへ

修士習得後再度アフリカへと旅立つそうだ。


今度は現場またはアフリカの地で再会ということになりそうだ





2011年9月10日土曜日

イベント ~国際協力草の根トーク~ アフリカへの草の根支援


大林稔教授のfacebookより

 http://www.facebook.com/event.php?eid=184417278294232



2011年9月17日 · 13:30 - 14:30

龍谷大学アバンティ響都ホール
京都府
京都市南区東九条西山王町 京都駅八条口前
■人々の役に立つ支援とは?
東日本大震災を通じて、困難な状況に置かれた人たちへの支援の難しさが広く
理解されるようになりました。貧しい人々の役に立つ支援とは何か、草の根の
支援、当事者中心の支援はどうしたら実現できるのか、また、現地の方々は
海外からの支援をどのように捉え、どのような動機で参加しているのか。

今回のトークでは、アフリカで草の根レベルでの取り組みを長年続けて評判の高い
2つの団体に、アフリカ人、若い学生が加わって語り合い、あるべき支援とはなに
かを考えます。

話す人
●マンスール ジャーニュ
西アフリカのセネガルで生まれ育ち、中東ヨルダンの大学で農業を学ぶ。1992年
に来日し、芸能活動を続けながら、全国各地で国際問題や世界のマナー、エネル
ギー等をテーマにした講演・講義を行うなど、「アフリカ」を広める文化活動に
力を入れています。
http://www.inagawamotoko.com/tareboxnew/taretopbox/mansourdiagne.html

● 緑のサヘル:菅川 拓也
 「緑のサヘル」事務局長。1988年、青年海外協力隊員としてモロッコ王国に赴
任、1992年、「緑のサヘル」による「チャド共和国砂漠化防止プロジェクト」に
参加。以後、プロジェクト調整員や現地代表、事務局長として、チャド、ブルキ
ナファソの活動に関わっています。
http://sahelgreen.org/

● 特定非営利活動法人 カラ=西アフリカ農村自立協会: 村上 一枝
 NPO法人「カラ=西アフリカ農村自立協力会」代表。1989年よりマリ共和国に
おいて活動、長年にわたって住民の栄養・衛生の改善、生活の向上、教育の充実
等に努める。これまでに「女性ボランティア賞」等、数々の賞を受賞しており、
その活動は各方面より高い評価を受けています。
http://ongcara.org/

● ドコドコファンド:タンザニアを訪問した龍谷大学の学生グループ
タンザニアのストリート・チルドレンを支援するために、元ストリート・チルド
レン達の絵画展を日本で開催し、そこで集めた資金をもとに、奨学金が設立し、
卒業後も、息の長い支援を続けられるように、現地NGOや子供たちとの話し合い
を通じて、仕組みづくりに取り組んでいます。

コーディネーター:大林稔
龍谷大学経済学部教授。同大学アフリカ研究センター研究員。
国際協力とアフリカの政治経済を研究、同時にアフリカと日本の連帯のために活
動しています。

【連絡絡先】

大槻知英
大林研究室 075 645 8432
chieohtsuki@hotmail.co.jp

CARA=特定非営利活動法人 カラ=西アフリカ農村自立協力会
〒180-0002 東京都武蔵野市吉祥寺東町1-1-6-102
TEL:0422-29-7640 FAX:0422-29-7688

緑のサヘル
〒101-0035
東京都千代田区神田紺屋町16 田澤三ビル 3階
TEL:03-3252-1040 FAX:03-3252-1041

イベント民際学

民際学研究会


発表者は広島大学准教授池田佳代氏と共同研究員の辻修次氏
報告タイトルはそれぞれ次の通り

①池田氏
「アメリカ・オバマ政権の日米同盟強化に向けた戦略
―グアム統合軍事開発計画をめぐるワン・グアム政策に関する考察を中心に―」
②辻氏
「コミュニティー型保全のパラドクス―パラオ共和国におけるミクロネシアチャレン
ジの事例を中心に−」

日時は、9月25日(日曜日)13時から
場所は、龍谷大学深草学舎を予定しております。


また、順次ホームページ更新しておりますので、こちらも参考に

http://minsaigaku.jimdo.com/


イベント 世界的な平和学者ヨハン・ガルトゥングが日本に来る

イベント

世界的な平和学者ヨハン・ガルトゥングが日本に来る


ワークショップ  ミリタリーどうするか
ヨハン・ガルトゥング博士
 9月16日 14:00〜17:00
立命館大学国際平和ミュージアム

ぜひ参加したい。

http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/documents/Galtung.pdf



















2011年9月9日金曜日

お金のいい部分悪い部分やBOPビジネスについて最近考えていた。

いくつかわかったことがある。

まずはBOPから
日本企業でBOPビジネスを成功させている例としてよく「味の素」や「住友の蚊帳」が出てくる。
どうも、インターネットで検索しただけでは悪い面または、負の側面についての記事がヒットしない。私の検索が不十分なのかもしれないが、この点について素朴な疑問をもった。

先日被災地宮城で水産業の特別区を設置して企業が漁師を雇うというニュースを見た。その中で漁師の多くがサラリーマンにはなりたくない、企業は利益が得られないとすぐに切り捨てるなどという漁師の意見が映し出されていた。
あくまでメディアが流した情報だけを判断材料に使っているためどこまで正しいかはわからない。

だがビジネスは企業は利益が第一。はたしてwinwinの関係など築けるのだろうかと思ってしまう。

この疑問もまだ十分解消されていない。

もう一点、地場産業のことである。住友などは国連機関と連携して活動しているようだが、負の側面についてはあまり情報が回らない。そもそも、現地に蚊帳はなかったのだろうか?作っていた人がいたのではないか?確かに、先進国の技術で作った蚊帳なら人々の生活が向上されるかもしれない。マラリアは途上国では脅威になっており、多少の現地産業がつぶれたからといって仕方がない。人の命を守る方が大切だというのもわかる。

だが、それでいいのか?私は根本的に途上国に対等な関係の築けない第三者が入るべきではない。むしろ、途上国の援助などやめてしまい、ODAなどやめてしまえばいいと考えてる。要は外部の人間が入ることによって壊れていく社会が気がかりでしょうがない。もともとの生活を破壊し、資本主義の流れに組み込んでいく。これはあくまでも先進国側(+新興国)の都合によるものだと思っている。

先進国経済の停滞や限られた富の奪い合いから、新たな市場開拓が世界の課題となっている。富める人が増えるならばより搾取する対象が増えるものだと言うのが今の段階での答えだ。

現在マルクスやウェーバー、アダムスミスなどを理解しようとしている段階なため答えがかわるとは思うが今行き着いた答えがこれだ。


若干ずれたが、ユニクロの古着を難民キャンプに届けるというのも産業破壊につながっている。大量の衣類は売買され今やアフリカの大半の地でユニクロの服を目にすることができる。いかに古着と言えど日本のクオリティは高いと思う。これはボランティアと銘打った市場開拓ではないのか?そして、現地の脆弱衣類産業を廃業に追い込んでいるという話もきく。住友の蚊帳に関しても同じことが言えるのではないだろうか。元々住友の趣旨は貢献だったのだろうが、今では利益が上がっているときく。よかれと思うことをやって短期的には成果が上がったとしても長期的に見たら貢献と呼べるのだろうか?

衰退した現地産業が持っていた市場を先進国の企業が独占していき、幅広い産業分野にも手を出していけば現地には何が残るのか?
例えば雇用は生まれる。といっても外資企業の下請け工場や営業程度といったところだろうか、企業は一人が働き生み出した金額の半分以上を利益として得ていく。確かに生活水準や所得は上がるかもしれないが多くの金を外資本社に送られてしまう。つまり落ちる額は一定のラインで止まるのではないか。

それは市場がある程度成長したとしてもあくまで先進国側が搾取する最適の市場でしかないのではないか

地場産業がなくなって、外資企業に市場占領された状態からどう脱却できるのだろうか。中国のように強力な政府と莫大な人口がいれば別だろうが、多くの途上国とりわけBOPのターゲットになっている国民がいる国に備わっていない。そのうえ先進国の資金が頼みの綱という国も多くある。ODAと同じように途上国の一部がうまみを得る環境になるのではないか?

まだまだ疑問はつきない。ただはっきりしていることは、地場産業をつぶしてしまうBOPはwinwinではないと思う。


とにかくより考察を練る必要がことは確かだ

2011年5月27日金曜日

韓国のNGO

5年も月日が立つと驚くくらい町は変わってしまう。

町並みだけではなく、5年も前だったら日本人観光客がメインだったこの地において今一番多いのは韓国人、次いで中国人、日本人と続く。もちろん欧米や豪州からの旅行客も多いが町をあるいていると、韓国の国旗がとても目につく。

街のいたるところに韓国の国旗や韓国のNGOの事務所が目立ち、道路には現代自動車のバスが韓国人を乗せて走る。郊外の村などに足を運んだ際も必ずと言っていいほど、韓国のNGOが作った学校を目にする。空港までの道では韓国人のためのお店が何軒かあり、空港内においても一番韓国人を目にする。とにかく韓国の色がとてもつよいと感じた。

お酒を飲みながら現地NGOのスタッフと話す機会が何度かあったのだが、確か2008年くらいから突然増えてきたらしい。韓国からの直通便が開通したのがこの時期かどうかは知らないが、韓国が経済立て直しを量りだしたころとかぶっているとは言えるかもしれない。韓国の国際戦略がまさかこのカンボジアの田舎にまで及んでいるとは想像できなかった。

ただ、具体的な内容は聞いていないが韓国のNGOが学校提供などを積極的に行っているが、問題も多々発生しているらしい。また、所々で耳にした韓国人嫌いの言葉。一体この地で何が起きているのか。調査しても面白いかもしれない。

おそらく韓国NGOの進出は韓国が国際的に存在感を示すため、または韓国にとってのマーケット開拓の第一手といったところか。


もっと調べてみる価値があるかもしれない。

先人たちのすごさを痛感

過去何度か教授に連れられ調査に入ったことがある。そのたびに簡単に溶け込み、友好な関係を作り、さまざまな情報を引き出している姿を見てきた。

いつかは自分もと思い今回臨んだが、やはりそう簡単なものではない。まず、溶け込むことのむずかしさ。特に私は日本にいても人見知りするタイプだけあって、スイカ割りを活用して徐々に溶け込んでいく以外のすべがない。

もっとああできたら、こうできたらと思いだけが膨らみ、時折読む鶴見良行氏の「アジアはなぜ貧しいのか」や村井吉敬氏の「エビと日本人」(本来現場に持ち込むべきものではない)で描かれている情報量や世界の全体像、人の営みな事細かにかつ正確に記述されていて、己の未熟さを痛感するばかりだ。

近年お世話になっている松島、大林両教授もフィールドワークに関してはたけており、両氏の行動力には毎度驚かされる。思いついたら何か形にという姿勢は日々いい刺激になる。

思いついたら行動、行動しながら考え効率を上げる。今必要なことはこれの繰り返しだと思う。

腹痛に悩まされる日々

村に住んで1週間近くしたあたりからどうもおなかの調子がおかしい。

生水ばかり飲んでたせいか?蚊に刺されまくっているせいか?魚をたべてしまったせいか?怪しいデザートを食べてしまったせいか?上げ出したらきりがないが、とにかくおなかが痛い。

何かを口にするだけで腹痛に襲われトイレに駆け込む。水を飲むだけで多少痛い。これは寄生虫か何かの病気か?はたまた当たっただけか?

とにかくやばい気がする。これでデング熱とかになってたら…ぞっとする。

村に入る時

村に入る際私はいつもスイカ3つとタオルを一枚を持っていく。

私は人見知りらしく、なかなか打ち解けれないのだ。

そこで、毎度日本伝統?スイカ割りを子供としながらうちとけていく。

子供はどこに行っても無邪気で好奇心旺盛だ、子供も苦手な私にとっては正直つらいところだが、スイカ割りをやってると少しずつ打ち解けられる。

そうやって遊んでいるうちに大人たちもだんだんと受け入れてくれ。気がつけばスイカおじさんと呼ばれるようになっていく。

1日まるまるスイカ割りから始まり夕方まで子供と遊んでいるとたいてい大人が飯をおごってくれ、酒を酌み交わし、寝床を用意してくれる。まだまだクメール語を覚えれていないが酒があると通じるものは通じるものだと思う。

松島教授がお酒の席を大切にしている意味が改めてわかった瞬間だった。

2011年5月26日木曜日

犬のペットブーム

東南アジアに来るのは約5年ぶりとなるのだが、びっくりするぐらいどこの町も変わってしまってる。

知ってる道だと思い歩くと道に迷ってしまう。そのくらい様変わりしていた。

町の変化もすごいが人の変化もすごい。

特に犬をペットとして飼うという習慣がはやっていることに驚いた。
夕方犬にリードをつけて散歩する人を多く見かけた、見た目で人を判断すべきではないのだが、リッチそうな人も露店のおばちゃんも犬を連れて散歩している。

とても新鮮だった。

実はこの事実に気がついたのは私ではなく、現地で知り合った八木君が気付いたことだった。彼が気付いて教えてくれたことによってまた新しい発見があった。

感謝!

村に住んでみた

今回主にバイクと自転車を使って回っていたのだが、一定期間シェムリアップ郊外の村にすませてもらった。

ランダムに村に入っては現金移転の現場はないかと散策していたのだが、まったくヒットしない。
しかし、友人や知人が多くでき、そのうちの親しくなれた友人が住んでいる村に滞在した。

村で寝床をもらい、村の人間と同じ水と飯を食い。子供と遊び日が昇れば起き農作業をし、昼になるとみんなでマンゴーかじりながら子供と遊んでいるか、大人とカードゲームをし、日が暮れると飯を食い寝る。

こうして少しずつ溶け込み実践していかないと本質は見えないと感じた。

日本のように仕事をしてお金を稼がないといけない物にあふれた社会がいいのか、お金を稼ぐというよりもこれから食べる食品を生産し、最低限の所得であまりものを買わない社会がいいのか。前者には時間のゆとりはなく、後者には時間的ゆとりがある。どちらにも利点と欠点があるが、どちらがいいのか考える材料になっている。

3週間近く悩んでいるが答えが見つかる者でもないことはわかっている。

もっと多くの経験をして行動しながら考えていかなければ。止まっててはだめだ!

就業率と所得

カンボジアで職に就いている人は少ないと思う。

主に都市部に集まっている人の多くも、期間限定で観光客案内やバイクタクシーをするために来ている人がおおく、ほとんどがお金がたまるまたはなくなった場合、村に帰って農作業をしているらしい。

これはあくまで調査ではなく、なんとなくカンボジア人と話していてみんなに共通する点だと思っただけだ。

知り合いや友人のカンボジア人の多く(シェムリアップ周辺)が、言うには70%くらいは安定した職をもっておらず、職を持っている人は限られた職種だという。たとえば、銀行や高級スーパー、外資ホテル勤めなどは高給取りでなかなかなれないらしい。また、町でよくみるトゥクトゥクなんかのほとんどは政府公認のドライバーではなく、そこらへんの人が普通にやっている。もちろん観光客が捕まえれた時のみ収入が入る。(距離と客によるが1$~20$程度)また、英語や日本語、韓国語、中国語をしゃべれると通訳として雇ってもらえることもあるそうで、私の友人の多くが語学に励んでいた。通訳だと1日20$~30$程度の収入が見込めるそうだ。といっても、言葉がわかるだけで仕事の幅も広がり、観光客としたしくなり案内などで収入が得られる。

とはいえ仕事がなくても食事には困らない人が多いみたいだが。


大体多くの人が都市部だと一カ月100$弱~70$程度で生活しているそうだ。農村部だと70$~50$程度らしいが、農村部の多くが川か湖の近くに点在しており、雨季になると漁業の臨時収入があり100$を超えることもある。そのかわり農作物収入がない月などにはその余剰収入で補い乗り切るそうだ。

国民の多くが農業に従事しているためお金がなくてもなんとかなっていると感じた。とはいえ、農産物に頼りお金を十分稼げない状況は脅威に弱いとも言える。もし、農作物がならなくなったり、関税撤廃などにより競争が激しくなり負けるかもしれない、そういった際に対応できる力や財力はないのかもしれない。

2011年5月11日水曜日

カンボジア調査

今更ながらカンボジアで調査やってます。

いやはや暑い、そしてやっと安定したネット環境を手にすることができた。

これからちょこちょこ書いていこう。

というわけで、現在カンボジア王国シェムリアップのゲストハウスに宿泊中。

2011年3月11日金曜日

沖縄フィールドワーク

Field work

2011/3/1~3/4 沖縄フィールドワーク  
目的:民際学の実践と沖縄の置かれる現状の理解
日程:
3/1
15時の便にて関空より那覇空港へ

松島教授宅にて食事会(うみぶどう、もずく、ポーポー、そーきそば、たーいも、かたはらんぶー、さーたーあんだぎー)
沖縄料理と泡盛を楽しみながら沖縄や地元文化について議論


3/2
宜野湾市役所の屋上から普天間基地の説明を受け、基地を抱える町の問題や市民の不安など本土にいては聞くことも、感じることもできなかった現状を目の当たりにする。

その後、沖縄国際大学にて砂川先生から基地と環境問題について話を伺い、基地が周辺にもたらすリスクについての具体的な内容を教えていただいた。

次いで平安座島に行く途中、うるま市の特別自由貿易地域に行き名ばかり特別自由貿易地域を目にする。空き倉庫ばかりで沖縄産業への影響がまるでないことが判明。

平安座島の自治会長下門さんから、平安座島の歴史文化、島民の願いと周辺の反発などの説明を受けた。島の開発のあり方を考えされられる内容だった。

旧コザ市(現沖縄市)にて、“まちづくりNPOコザまち社中”理事長照屋幹夫氏の説明を受けながらコザの町を案内していただいた。コリンザから見た基地と町の風景は不思議なものだった。シャッター街や米軍相手の店前を歩きながら歴史や町が抱える問題について大変興味深い話が聞けた。
また、夕飯時には沖縄タイムスの与那嶺記者、新崎記者から様々な話が聞けた。


3/3
沖縄県庁の観光政策課、文化振興課にて沖縄観光の実情の説明を受けた。観光業が抱えている問題点や沖縄側からのアクションなどの説明があったが、どうもニーズとのマッチでずれがあるように感じた。役人が中心となっているからか、どうも相手目線に欠けているのではと率直に感じた。

その後、沖縄県議会棟において上里県議と沖縄の置かれている状態や政治的な姿勢などについて意見交換した。

次いでおもろまちの那覇市議会仮議会にて平良議員と会い意見交換をした。
那覇市が抱えている問題や鳩山前首相の“方便”発言に対する意見など幅広い意見交換ができた。

このおもろまちとは元米軍管理の土地を返還後に都市開発した新都心なのだが、博物館の前にパチンコやがあるなど、不思議な都市になっていた。このような状態になった理由としてUR都市機構が土地の売却を仕切ったため、格安でろくな都市計画も決めないまま今に至ったらしい。


3/4
沖縄の町並みや本土との違いを見るため、那覇市内を徒歩で散策。大きな違いとしてあげられるのが、とにかくマンションが多い。そして、家賃が安くない。空室も目立ち、物価も安くなく、なおかつ賃金が低い。また、沖縄県人口140万人中沖縄本島南部のみで100万人を超えるという超過密状態。役所の説明では、東京以下大阪以上の密集率らしい。その上交通の便は車のみととにかく生活の特に金銭的な問題がかなり深刻であることがわかった。

12:30の便にて那覇空港より関空へ


今回のフィールドワークにて
紐付き補助金が沖縄県民のために利用されていない現状と構造的に追い込まれている沖縄県の姿が見えてきた。もしかりに、基地補助金を無駄な施設建設(大半が本土企業へ流れる)ではなく、市民生活に直結するような形で使用できたらどれだけ雇用が生まれるのだろうか、条件のない自由貿易地域であったらどうなっていただろうか。今回の調査は短期間であったが充実したものであった。

2011年2月26日土曜日

沖縄フィールドワーク予定確定版

沖縄フィールドワーク予定確定版
3月

1日
  ・6時教授宅にて食事会
 

2日
  ・朝10時に宜野湾市役所の屋上から普天間基地にて基地についての説明を受ける。
  ・沖縄国際大学の先生にお会いして基地による環境、人権問題について話を伺う
  ・沖縄特別自由貿易地域の現状を見学
  ・平安座島にて石油備蓄基地を見学
  ・平安座島公民館長から開発の歴史、現状について説明を受ける。
  ・嘉手納基地と地域社会との関係について話をうかがう


3日
  ・沖縄県庁の各部署において沖縄の文化、観光、基地等について担当者と意見交換
  ・午後政治家との意見交換

 といった内容の日程に決定。


 

2011年2月2日水曜日

エジプトは軟着成功?

チュニジアで大統領が逃亡しジャスミン革命が成功した影響で中東(主に北アフリカ)が荒れている。


とうとうエジプトも追い込まれムバラク大統領がその地位から下りることが確定したようだ。

昨日の時点でエジプト軍が民衆側につくのか大統領側につくのか情報が混乱していたが、軍部が大統領に見切りをつけたのだろう。チュニジアと似ているようだが、大きく異なる点がある。

先日アジアカップにて日本が豪州に勝った試合の最中、アルジャジーラがムバラク大統領の家族が亡命という内容の情報が流れた。まさかチュニジアの二の前か?と思われたが、ムバラクは後日も健在だった。
その後の出来事に関しては誰もが知っていると思うが、チュニジアでは軟着できなかったがエジプトはできるかもしれない、大統領の座をおりると宣言した。ムバラクがどれだけの利権を手にしていたかはわからない。しかし、ムバラクの周辺で利権を食い物にしていた人間は今後恐ろしい目にあうだろう。

大統領が逃亡する「大破」か大統領がその座を下りる「軟着」かどちらがよかったのかは定かではない。ただ一つ言えるのは、ゆっくりと国民にしわ寄せがくる可能性が高いということだ。


エジプトが国際的に重要な国であったことは報道の通りだと思う。たとえば、アメリカとの関係や国の位置、周辺国との関係など、挙げればきりがないだろう。
しかし、こうした重要な国家になりえていた背景にはムバラク独裁政権だったからできたことともいえる。

私たちの住む日本のそばにも似た体系の国家“中国”がある。この国も独裁体制のもとに国内政治を無視した国際政治外交が可能になり、さまざまなアクションを効率よく起こせてきた。ここで言いたいのは独裁国家はステップが軽いということだ。

チュニジア、エジプトが民主化されていくだろうが、以前のような状態からスタートではなく、白紙の状態からのスタートだということは忘れてはいけない。たとえ、軍隊や行政が残ったとはいえ、すんなりと国家機能が正常にはならないだろう。

多くの難題がこれから突きつけられていくことになるだろう。

2011年1月24日月曜日

チュニジア大統領逃亡

チュニジアでの大統領逃走劇が中国や中東(とくにサウジ)に衝撃を与えた!?
アルジェリアで反政府運動⇒チュニジアで反政府運動⇒チュニジアひっくり返る⇒次はどこだ?モロッコ、エジプトの市民は喜んでいる。しかし、現実問題としてチュニジアの市民は喜んでばかりいられない。
チュニジアの市民の多くが安心して暮らせていない。理由は、ベンアリ大統領の支配下だった警察官がチンピラとかして治安を荒らしているからだ。市民は自警団を作って身の回りを守ろうとしているが、いつになったら安全になるのか。


しかし、チュニジアという国にかんして三菱UFJが発表していた今後の経済成長の報告書をよむかぎり、チュニジアが情報規制を行っていたことはたしかだろう。
チュニジアの経済成長率がある程度高く、アラブのなかでも優等生であったにもかかわらずこのような事態になった背景には、主要企業のほとんどの経営権をベンアリ大統領夫人側の親族が独占しており、失業率は高い数値のままだった。


ベンアリ大統領に関しての国内支持率は高かったらしい、しかし、ひっくりかえってしまった。これは、大統領が怖く投票していた市民が多かったことを意味するのかもしれない。
独裁政権によって運営されている国はチュニジアの周辺に複数あり、今後どの程度波及していくのか注目しなければいけない



独裁的国家であり、情報統制がとられている国家。中東だけではない。東アジアにもある。北朝鮮と中国だ。中国は今回の件について対策会議を開いているかもしれない。中国も条件的には北アフリカ諸国の国々と同等の条件を備えているのだから。


また、ベンアリ大統領が逃げる際、フランスに亡命を断られたのは驚きだろう。サルコジとベンアリは仲がいいと思っていただけに意外だった。おまけに大統領の家族(親族を除く)のみの脱出劇これは、利権を独占していた夫人親族が大変なめにあっているだろうな。おそらく、ベンアリ大統領側についていた権力者が見放したのだろう。


チュニジアやアルジェリアや中国などの独裁体制国家において、今回のような状態になった場合、早急に市民側の要求をのむ。つまり、軟着陸か最後まで抵抗する大破以外に道はないのか?ただ、市民の民主化や権利を認めるということを大統領が望んだところで利権の溺れている人間が大統領周辺にいるわけだから、簡単にはいかないだろうな。

最近よく、強き指導者が世の中を作る。一部の人間が世界を動かすというが、現実社会で世の中を動かすのは市民であることを忘れてはならない。

2011年1月22日土曜日

模様替えと沖縄計画

半年ぶりに研究部屋の模様替え完了

気分一新にカンボジア計画作成しよう。

とりあえず沖縄計画に関しては簡単に決定。


3月1日までに沖縄入り

3月2日 普天間飛行場、宜野湾市役所、沖縄国際大学、平安座島自治会館(CTS、地域おこし)、読谷村、(特別自由貿易地域)

3月3日 那覇市伝統工芸館(琉球ガラス体験)、沖縄県庁(観光課、文化振興課、企業立地推進課)

4日
平安座島の石油備蓄基地、公共事業の施設、琉球独立を訴えているグループ、

伝統工芸品の県内生産・県外生産の実態
内発的発展の事例:読谷村、役場、住民と話をしたい

沖縄の理想社会構築を目指す政治家(民主党、自民党、沖縄大衆党から一人)
の中ならいくつか相談しながら決定予定。

個人的には琉球独立や、沖縄理想社会構築だなぁ



2011年3月5日午後2時~6時 沖縄大学大で行われる講演会に参加予定

> 基調講演とパネラー
>
> 基調講演:片山総務大臣(内諾)
>
> 王柯(神戸大学教員、国際関係論)(出席)
> 高銀(韓国の詩人、今年のノーベル文学賞候補者)(出席)
> 佐藤優(作家、母親が久米島出身)(出席)
> 大城立裕(沖縄を代表する作家)(出席)
> 松島泰勝(龍谷大学教員、経済学)(出席)
> 唄と話:海勢頭豊(琉球の平和ミュージシャン)(出席)
>
> 司会:仲地博(沖縄大学副学長、行政学)(出席)
>
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> 主催:龍谷大学社会科学研究所民際学研究会、NPO法人ゆいまーる琉球の自治
> 共催:沖縄大学地域研究所
> 後援:沖縄のマスコミ各社
> 協賛:藤原書店、沖縄ウェルカルチャースクール

沖縄は高校以来だから、かれこれ8年ぶりだ。

2011年1月12日水曜日

今後の日程

具体的な日程が決まりつつある。

今週土曜に同居人が帰ってきて、猫の面倒は見てもらえる。

来週17日に開発援助論とアフリカ政治論のレポート提出
18日にゼミ+平和・紛争論にて研究内容プレゼン
19日沖縄フィールドワーク計画を副ゼミ中に作り上げる。
20日 海外調査の準備
28日以降カンボジア、フィリピンを中心にバックパッカーやりながら現金移転の現場調査を一カ月程度。

2月末帰国
3月1~5日にかけ沖縄にてシンポジウムとフィールド調査

3月終わりから案件


しばらくバタバタしそうだ。

2011年1月10日月曜日

今年の抱負とこれから

今年の抱負
昨年年始めから年末にかけあまりいい年とはいえなかった。
その反省も踏まえ今年は「行動力」「決断力」を全面に活動していきたい。


思い切った行動を起こしていく。


国際協力の案件をこなし、資金面と経験の充実を図る。


学術雑誌への投稿


など、過去チャレンジしてこなかったことを中心に活動。

具体的な計画書を今から作成しよう。

ポートフォリオ計画書の作成だ。


これから
春先から休学し国際協力の仕事をこなしていく予定。
そんな日々、研究室での研究などを書き綴っていく。